鈴鹿市中央部を流れる鈴鹿川の支流御幣川と内部川の清流、新緑につつまれた鈴鹿連峰、その山間から湧きたつ朝霧。鈴鹿のお茶は恵まれた自然環境、風土のもとで良質な茶として生産されております。また、鈴鹿茶は茶の上に覆いをかぶせる「かぶせ茶」に特色が有り、上質で香味あるお茶として広く愛好されております。
 
鈴鹿山麓の裾野に広がる茶畑。三重県の北勢地方の茶の歴史は古く、今から一千年もの昔、平安時代こと。四日市市水沢町の冠山の麗に、飯盛山浄林寺の僧、玄庵が空海直伝の製茶法を伝承し、茶樹を植栽したことが始まりだとされています。鈴鹿のお茶のルーツをたどれば、水沢町でお茶が栽培されたことにより、隣接する椿の山本町、大久保町や久間田の岸田町、花田町にも伝わり、始まられたのではないかと考えられています。
 
江戸時代には、参勤交代のため東海道を往来する諸大名が、通過の際に茶を買い上げたことで、石薬師村はすぐれたお茶の生産地となりました。歌人 佐々木信綱も後日、随筆の中で「土蔵の横手は竹群で、その後の畑へ出ると、近江境の連山が見える。そこには桐の木が行儀よく植え並べられてあって、その根方には茶が植えつけてあった。白い甘い香りのする花がなんとなく好きで、よくむしり取っては叱られた」と往時の盛況をしのんでいます。